瞑目遊星
約束の果て
一通の手紙が届いた。
送り主は不明だったが、懐かしい言語で描かれた手紙には、故郷の星が滅びたことが描かれていた。
御伽噺にきいた、白い花が原因だったらしい。
砂場で遊ぶ弟の姿はどうなったのだろうか。
…
「電気が消えたら十秒を十回数えてから目を覚ますんだ。」
晩ごはんが終わった時、小さな声で弟にそう伝えた。
電気を消してから三回目の十秒がすぎたころ、だんだんと部屋の中が見えるようになってくる。
光を失って、眠りについた電球。
いつの間にかできていたベッドの傷。
いつもよりも動きの鈍い秒針。
顔までははっきりと見えないけど、笑ってるのがよくわかる、写真の中のお母さんとお父さん、カメラ目線ができないぼく。
そしてお母さんの腕の中に抱かれている小さな弟。
明るい時よりも、たくさんのものが見えてくる。
ゆっくりと視線を動かすと、写真よりも少し大きくなった弟が律儀に目を瞑っている。
7回目の10秒が過ぎた頃、弟が本当に眠ってしまったのじゃないかと少し不安になる。
8回目と9回目の10秒はいつもよりも長く思えた。
そして最後の10秒と同時に弟は満面の笑みで目を覚ました。
ぼくらは、パジャマのまま部屋を飛び出した。
お父さんの部屋に入り込んで盗み出した望遠鏡のうっすらと膜になった埃を指で拭う。
拭いきれていない埃と白くべったりとした指紋を、今度は服の裾で拭って、覗き込むと、色とりどりの星空の中から青い星が見えた。
ぼくらはずっとあの星に憧れている。
弟は、生まれつき体が弱くて家の外にでられなかった。
だから、お父さんとお母さんは、弟が家の中で退屈しないようにいろんなものを買い与えた。
だけどどうしても外にでたい弟のために、ぼくは、おとうさんと一緒に家の中の公園を作った。
プラスチックの滑り台に、木の床に釘を打ち付けて固定した鉄棒、そして木枠に砂を入れた小さな砂場。
ぼくと弟はその公園でいつも遊んでいた。
砂場の砂の一粒一粒に、丁寧に色を塗って、星空を作った。
そして最後に、植物の青い種を星空に乗せて、あの輝く青い星を添えて、ぼくらは宇宙を作り出した。
弟は砂場の宇宙が気に入って、出来上がった星空を、青い星を弟は望遠鏡で観察していた。
いくらか時が経っても、もう大人と呼ばれる年になっても青い星への憧れは衰えることはなかった。
宇宙について、青い星について学び、さまざまな試験と訓練を経て、ぼくは青い星に行けることになった。
非常に倍率の高い権利を勝ち取ったぼくに、お父さんもお母さんも、そして弟も喜んでくれた。
いまだに家から出られない弟が、まだ憧れが消えていない弟が、喜んでくれる姿が心苦しくてたまらなかった。
「行ってくるね。」
これを絞り出してただ一言だけそう伝えた。
「いってらっしゃい。ぼくはこの部屋から青い星をみているよ。」
木枠のなんかとっくに飛び越して、家中に広がった、砂の星空の中で、満面の笑みで弟はそう答えた。
青い星にたどり着いてからぼくは、星を保護する仕事についた。
どうやらこの星の生物たちは、この宇宙に他の生命や文明があることも、それらの文明は他の星を侵略する力をもっていることも知らない。
それどころか、この星に存在する "星を崩壊させる数多の要因" についても何一つ知らないらしい。
例えば、自分の死を他人に肩代わりさせられる少女。
好奇心で弱いものに魔法を振りまく見習いの魔女。
自我を芽生えさせたAI。
御伽噺できいていた人類を滅ぼす毒を持つ白い花。
それほどに危ういものにあふれかえっているのにもかかわらず、天文学的な確率で起こりうる数々の奇跡によって成り立つこの星は、宇宙で一番大きな規則によって保護されていた。
その規則に沿って生まれた組織に、ぼくは所属している。
とても誇りある仕事だ。
異星人の失態の証拠隠滅やら、プレートの観測のような地道な業務の末、ぼくは星を崩壊させる要因の一つ、" この星を作り上げた神様 "を排除する仕事を賜った。
神様といっても、星に伝わる数々の神話とはまったく別の、異質な神様。誰にも伝えられておらず、歴史のどこにも現れていなかった。
その存在は近年偶然に発見された。
夜空に一際輝く星が突如として現れ、光の奥には目が写っていた。
そして瞬間から、宇宙は膨張を始めた。神様に敵意があるのかはわからない。
ただ神様がくしゃみをした瞬間に、観測されたことのない大地震がこの星を襲った。
それ以降、神様は排除する対象となったとのことだ。
この任務に就いて初めての任務は、この星の技術では到底およばい高度なテクノロジーに塗れた望遠鏡で神様の様子を観測することだった。
初日の任務を終えて、部署のものに別れを告げる。
大きな任務を任されたぼくへ祝福の言葉を投げかける同僚たちに微笑みを返す時、自分の表情がこわばっていたことがわかった。
色温度の高い白を撒き散らす電灯と、装飾の少ない流行の店舗が並ぶ繁華街を抜けると、静かな港に出る。
繁華街とは対照的に、色温度の低い橙を漂わせた街頭の麓に、人影がたっていた。
薄明かりの中でも微笑んでいることがわかる妻と、その胸に抱かれた小さな息子が、わざわざ家の外で帰りを待っていてくれた。
青い海が見える街に住みたいというぼくのわがままを快く受け入れてくれた妻には頭が上がらない。 夕食と団欒の一時を終え、電気を消した後もぼくは瞼を閉じずにいた。
明かりのない世界に目が慣れてきた頃、ぼくは妻や子を起こさないように部屋を、家を抜け出す。
人気のない港の防波堤の砂を払い、あらわになったコンクリートの上に左腕を降ろす。
そして台所から持ってきた包丁で、腕を切り落とした。
その腕に、御伽噺で聞いていた白い花を植えて、故郷の星への連絡船へこっそりと忍ばせた。
手紙が届いたのはその数日後だった。
手紙を読み終えたあと、いつも通り神様の観測を行う。
望遠鏡に映る神様は、目を瞑っていた。
ぼくは10秒を数え始めた。
1回目の10秒も2回目の10秒もぼくはじっと神様を見つめていた。
3回目の10秒がすぎると涙が止まらなくなってきたけれど、それでもずっと見つめていた。
永遠とも思えるような10秒を繰り返す。
7回目に差し掛かる頃には、心臓の音が届いてしまうんじゃないかってくらいに、張り裂けそうなほど大きく鼓動していた。
全身に力が入らなくなって、もう立っていられない。
それでもぼくは神様から目をはなすことなんてできるはずもない。
8回目と9回目の10秒を数えている間、神様が満面の笑みで目を覚ましてくれることを、ただただ祈っていた。
最後の10秒を数える。
10、
9、
8、
7、
6、
5、
4、
3、
2、
1
神様は目を瞑ったままだった。
制作裏話
「自分には、なにもない」
幼少期の頃、なんでもそつなくこなす兄を見てそう思ったことがあります。
これまでの作品と比べると、今作は突然のSF超大作みたいな高密度広範囲な作品になっていますが、皆さんストーリーは理解できましたか?
簡単に言えば、小さな二人の兄弟が抱いた憧れを、宇宙のスケール感で悲痛な運命を辿って果たすという壮大な物語です。
兄の視点でストーリーが進んでいくので、最期の運命を自分の手で決めなければいけないという、言葉にできない痛みに心が引っ張られますが、
私は真っ先に弟の心情を想像して、辛くなりました。
物語を解説してしまうと、二人が憧れた青い星は、二人の手で作られた星でした。
家の中に作った砂場が本物の小宇宙となり、そこに青い星が誕生し、その星の中に生命が宿ります。
いつも望遠鏡で青い星を観察していた弟。
その星から見た神様とは、弟のことでした。
生まれつき家から出れない弟の代わりに、兄は憧れを実現して、
星の中で活躍することで二人の夢を叶えようとします。
弟は、兄をずっと見ていた。
そして兄も弟を見ていた。
だからたぶん、二人とも早い段階で最期の結末をなんとなく分かっていて、
その上で選択して、受け入れたのだと。お互いに。
兄を見送る時、弟は精一杯の言葉を口にしています。
自分の境遇をとっくに見越して、大きな器で接してくれる兄に対して、心が追いつかないその気持ちがよく分かります。
そんな自分を認識すると、この差がもっと明確になってどんどん辛くなっていきます。
だから精一杯繕って、大きな器に見合うように、手に余るサイズの大きめな気持ちを作るんですよね。
デザインは、お互いに最期の結末を分かった上で受け入れた、この悲痛な運命を精一杯に表現しました。
なんとも言葉にできない切なさとか辛さとか心の痛さとか、そういうものを共有できたら嬉しいです。
タイトルの瞑目遊星は、「瞑目」と「遊星」の2つの言葉をくっつけて作りました。
瞑目は、10秒数えて自分たちの世界に入り込む二人の遊びと、この物語の結末を示唆する意図でつけました。
遊星は、無邪気に遊び、憧れを抱いて追い続ける二人を宇宙のスケール感で捉えた時に、宇宙をさまよう星みたいだなと思ってつけました。
まぁ、本当はただ漢字が使いたかっただけというのが本音ですが。
ところで、話の中盤に出てくる、
「自分の死を他人に肩代わりさせられる少女」
「好奇心で弱いものに魔法を振りまく見習いの魔女」
「自我を芽生えさせたAI」
「御伽噺できいていた人類を滅ぼす毒を持つ白い花」
この部分、何か気づきましたか?
実は、過去の作品を指しているんです。
「自分の死を他人に肩代わりさせられる少女」
→ Sacrifice
「好奇心で弱いものに魔法を振りまく見習いの魔女」
→ Once upon a time
「自我を芽生えさせたAI」
→ Circuitry of Hearts
「御伽噺できいていた人類を滅ぼす毒を持つ白い花」
→ The Pitfalls of Popular Will
今まで作ってきたUNREASONEDの世界は、この兄弟が作った星の中でのお話しなようです。
兄が弟の元へ送った自分の左腕に添えた白い花は、「The Pitfalls of Popular Will」で出てくるパーリユスの花です。
ぜひ今までの作品を読み返して、瞑目遊星のアイテムを入手して、手元に置いておいてくださいね。
#キャラクター
青い星に憧れる兄弟
#舞台設定
異国の星
#シーン・アクション
星空の中で漂う少年