Anna,O.
どうしても悲しくなったとき。あなたならどうする?
カツカツと、荒々しい音を立てながら、カナリヤが鳥籠の中を闊歩する。
ペットのくせに、言葉のない命のやりとりの片鱗を感じさせる雄々しい爪を、鳥籠に突き立てて飛び回るもんだから、決して心地良くはない音が部屋中に鳴り響く。
それでもこいつと一緒にいるのは、自分でも情けないけど、一人になると悲しみでいっぱいになるから。
「悲しい」という感情がずっと私の中にある。
腹の底から湧き上がってくる。
私はなんて弱くて脆い人間なんだろうと悲観したこともあった。
だけど、他人と同じように悲しいことがあれば悲しいと感じていることに気がついた。
悲しい出来事が連れてくる悲しさは、時間が経てば薄れていくことも分かった。
悲しさに原因があるならどれだけ楽かが分かってしまった。
だからだろうか、パスワードを解除するために、かたっぱしから数字を入力するみたいに、悲しい感情の当てはまる記憶を突き出してくる。
悪気も優しさもない、なぜか出てしまった意図のない嘘で友人を失ったこと。
私に憧れを向けていた男の眼差しが、一晩にして達成感に変わっていたこと。
悪意とは言えないごく当たり前の些細な教師の贔屓、ありふれた言葉の親の叱咤。
いろんな思い出が小さな痛みとして通り過ぎたあとに、いつもたどり着くそれがある。
5歳ぐらいだったと思う。
台所に立つ母の手の中。
りんごに包丁を入れていく。
プツンと音が立ったのではないかと思うくらいの張りのある皮を突き抜け、真っ赤でしなやかな頬に半濁色の体液を滴らせて。
小さな女の子のようなりんごが、身体の中身を晒されて、等分に引き裂かれて。
「人はいつか死ぬ」と言う言葉の意味がわかった時。
ふと気づいたあの感情が、腹のそこにずっと残っているような気がする。
りんごの形に整えられて。
たまに吐き出そうとしてみても、出てくることはなかった。
カツカツと、見知らぬ首輪をつけた猫が鳥籠を強襲する。
ペットのくせに、言葉のない命のやりとりを終えたのだろう。
カナリヤの。
首を咥えていた。
今までになく、悲しくて痛かった。
こういう悲しみは、じっと耐えればいいってわかってる。
下手に立ち向かうと、悪化する。
わかってても、耐えきれなかった。
りんごを探してしまった。
吐き出しても、吐き出してもどうにもならない。
仕方がないので、腹を切り裂いた。
他人のような温もりの中を掻き分ける。
それでもどこにも見当たらない。
身体中、隅から隅まで探してみたのだけれどやっぱりりんごはない。
じゃあこの悲しみの正体はなんなんだ。
制作裏話
イラストはシーンのイメージをそのまま書いているので、タイトルについて解説します。
Anna,o.は、ヒステリー患者の古典とも呼べる人物です。
ヒステリー患者のアンナ・Oは、身体麻痺が起きたり、人格が増えてしまったり、幻覚をみたり、挙句の果てには水が飲めなくなってしまっておりました。
そんな中治療としておこなった催眠療法で、催眠状態の中コップから水を飲むのをみてから水が飲めなくなったことを語り、催眠が解けると症状が消えていました。
もう140年ほど昔の話で、人間の心の研究が進んだ昨今は、そんなわけないよなってわかってても、今を生きている我々でもストレスの原因を最もらしいものにこじつけて、結局なにも解決しないみたいな状態の時あるよなーと思っております。
#舞台設定
子供部屋みたいな空間
#キャラクター設定
18〜22歳くらいの女性
#アクション
内臓を掻き回してリンゴの形をした悲しみを取り出そうとしている