
echoes of the summer

目を覚ませ。
眠りにつくほどじゃないけど、体を起こせないほどの眠さにかまけている。仰向けに寝そべって天井を眺めていると、天井が落ちてくるんじゃないかと思ってしまう。
ここのアパートは7階建。僕が住んでいるのは203号室だから、5階分の重さがのしかかっていて、なんて具体的に考えていくと怖くなってきて、姿勢を横向きに変えた。
床の上にお母さんの名刺入れが落ちていることに気づいた。この家の中に存在していいのかと思うほど、艶やかに黒光りしている皮の素材に、金色の小さなリボンみたいな装飾がついている。
節約がまるで趣味なんじゃないかと思えるようなお母さんが、これを持っていることが少し嬉しかった。
仕事のことはよくわからないけど、困るんじゃないかなと思って名刺を拾い上げようと体を起こしたとき、体重がなくなったかのような浮遊感に包まれた。
ー明晰夢とは、夢の中で意識をもち、体を自由に動かせる状態のこと。やり方は、寝てるのか起きてるのか分からないくらい眠たいときに、体を無理やり起こすことー
インターネットの掲示板に書いてあったから、何度か挑戦したことがあるが、上手くいった試しはなかった。
急いで手を確認するが、指がない。
これも掲示板に書かれていたことだ。
間違いない、できてる。
そしてなにより、あの浮遊感に包まれた瞬間から、この上ないほどに頭が冴え渡っている。
なんでもできるような高揚感が湧き上がってきた。
手始めに、天井に突っ込んでみることにした。絶対にすり抜けられるという確信があったけど少し怖かった。それでもちゃんと3階の部屋の中に入れた。
高揚感はさらに膨れ上がった。もう一つ上に、もう一つ上にと向かっていくと、ついに屋上に出た。
あの重たい5階を、僕はすり抜けた。いまならなんでもできる。
今度は、お母さんのところまで飛んでいって名刺入れを届けようかなんて思ったけど、そういえば、夢の中だった。
あれ、どうやって起きるんだろう。
不安が膨れ上がってきた。無理やり目を開こうとしてみるも、力の入れ方がわからない。
体に力は伝わらないけど、思考している脳みそが熱くなるような感覚がある。
目でも体でもなく、自分自身が起きるように脳みそに熱を注いで、目を覚まそうとする。
脳みそが焼き切れてしまいそうな一線を超えた時、目が覚めた。
ただこれもまだ、夢であることがわかる。水の中で目を開けた時のように世界があやふやなのに、夢の中であることがわかってしまった。
もう一度目を覚ましてもまだ夢。
目をさましてもまだ夢。
さましてもゆめ。
さしもゆめ。
ててゆ
め
目を覚ますたびに体から脳みそを引き剥がすような感覚がある。
夢から覚めるたびに体と脳みそがくっついていくから、現実に近づいているような確信はあるのだけれど、その分脳みそへの負荷が高い。
けれど目が覚めない恐怖心に駆られてもう止められない。
体の中の神経を全て断ち切って、頭蓋骨を貫いて、脳みそを引っぺがすと、テレビが消えるように世界がプツンと切れて真っ黒になった。
焦りはなく目を閉じているだけだ。
目を覚ますと、天井はいつも通り重たい。
制作裏話
基本的に、脚本のワンシーンを映像に起こす形で作品を作っていますが、この脚本は小説的で、文章の力が強いためシーンの映像化というよりは、映画のポスターを作るイメージで作成しました。
内面的で湧き上がるイメージや情緒の描写中心の前半部分や、空想的でファンタジーな中盤、身体的で痛々しさのわかる後半部分の要素を全部取り入れた上で、できるだけ抽象化を試みた作品。
タイトルは、なるべくノスタルジックで淡い夏を取り入れたかったのと、夏が反響し続けてどんどん輪郭をなくしていくイメージでつけました。
#舞台設定
2010年代の夏休み、部活帰りの家の中
#キャラクター設定
好奇心で入り込んだ明晰夢の中から抜け出せない男子中学生
#アクション
脳みそ(身体)をボロボロにしながら夢を覚まそうとしている
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