aestheticism
[うつくしい]とはなんだ。
友達に誘われて行った作品の販売を兼ねた個展で彼女と出会った。
彼女は、十数点の最後の作品として、壁に背を向けて背筋を伸ばし佇んでいた。
彼女の隣には、[うつくしい]というタイトルが飾ってあった。
曰く、絵を描くことは神様の所業。キャンバスの上に、世界を作り上げる。そして彼女は、自らの顔に絵を描いてこの世で一番美しいものをつくった。とのことだ。
思想はわからなかった。だけど僕は一目惚れしてしまった。作品としてなのか、作家としてなのか、女性としてなのかはわからなかったが、とにかく言われた通り圧倒的に美しかった。
だから、ぼくは[うつくしい]を買うことにした。
[うつくしい]が届くまでの期間、迎え入れるための準備をした。
2LDKのマンションを購入して、白い壁に装飾して美術館みたいに。家具を選ぼうとした時に、何を基準にしていいかわからなくなって、とりあえず自分の持ってる家具を配置した。
新居に自分の生活感が出過ぎないように、食べたご飯の残飯を小さなゴミ袋に入れている最中に、まだ聞き慣れないチャイム音がした。
[うつくしい]が届いた。
最適な状態で作品を管理できるように湿度を調整するように、人の営みが滞りなくできるようにした。衣食住はもちろん、絵を描ける環境と道具と時間を与えて、会話を繰り返して人間同士の関係を深めて、一緒に生活をおこなった。
だけど、彼女が何をしたいのかはずっとわからないままだった。芸術書や思想書を読み漁って、さまざまな思想を学び、自らも思考した。
とある夕食の日、「今までたくさん会話をしたが、作家なのか作品なのか女性なのか今だによくわからない。とにかくあまりにも美しくて購入したんだ。だけど今は君に対して、作品としても、作家としても、女性としても、別々にさまざまな感情を持っている。つまりなにを思って君を見ればいいかわからなくなっている。この多様な角度の視点によって生じる矛盾を提示し続けることがこの作品のテーマなのかな。」なんてわかった口を聞いてしまったからか。
[うつくしい]は静かに立ち上がって、顔を洗い始め、そのまま立ち去ってしまった。
なにが起きてしまったのか。
怒ったのか、呆れたのか、悲しんだのか、満足したのか。
それは作品として、作家として、女性として。
それとももっとなにか、他の違う理由なのか。
制作裏話
文章とタイトルがセットになっている作品なのでそちらの解説を。
aestheticism とは、日本語訳すると「耽美主義」となり、道徳的に反してようがなんだろうがとにかく「美しい」ということを目指す芸術的な立場のことです。
つまり作中で[うつくしい]が立ち去った理由は、何が描かれている物とか、顔に描いている理由とか、芸術作品としてのテーマや提起している問題とか、生活の中でどのように扱ってほしいとかではなく、ただただ「美しい形・存在」としていただけです。ただ結果的に、全くそう捉えてもらえなかったので、次の作品を作り始めるために、現状の「うつくしい」を壊しはじめただけだと思います。
なんだか主人公の男性が滑稽に見えますが、極端な思想に振りきって生きるのはちょっとずるいですよね。
デザインとしては、顔を洗うシーンで、流れ落ちる黒い物体は、文章としてしか表すことができない[うつくしい]の片鱗をどうにか可視化したものです。
#舞台設定
現代の洗面所
#キャラクター設定
顔に作品を描いた芸術家
#アクション
顔を洗う