Pareidolia
それはきっと、"き" のせいだから。
東京の大学に入って、一人暮らしが始まった。
親も僕自身も賃貸を考えるためのノウハウを持っていなかったから木造の安いアパートだったけど、それでも楽しかった。
「誰にもなにも言われない開放感」みたいなものはあんまり感じることはなかったけど、仕送りのお金をやりくりしながら食材を選んで料理を作ることとか、炊飯器に混ぜ物をして炊き込みご飯を作ることとか、家の中にある家具のレイアウトを全部自分で決められることとか、掃除とか洗濯みたいな家事を効率的にこなすこととか。本当に些細だけど、自分の人生の一つ一つを自分で決めているような感覚が楽しかった。
6月に入る頃には、一つ一つが日常になっていた。
大学に行ったり街を歩いたりすれば、まだまだ新しい感動だらけだけど、家の中に目新しさはなくなっていた。
それが怖くなってきたのはその頃だった。
その日の講義は4限までだった。
本当だったら普段通らない道を歩いて、寄り道をして家に帰りたかったのだけれど、あまりにも雨がひどいから、そそくさと家に帰ってきた。お腹が空いていたけど、買い物に行くのも憂鬱だったから、炊飯器に残った二合ほどの五穀米を食べて、そのまま眠ってしまった。
雨の音で目が覚めると、家の前の街灯の薄明かりに照らされ葉のない木の影が2本角のような影を作っていた。顔も目もついていないその枝に見つめられているような気がして、なんだかやたらと怖くなってしまった。
今まで気づきもしなかったのに、一度意識すると毎晩毎晩、その角のような木の枝が怖くてたまらなかった。
家の中で怯える夜が続いていた。
—
「これを、ご飯たくときに入れるだけで五穀米になるから便利なんだよね」
毛先が不自然に整っていて、まるでお出かけでもするかのような服装の、木造のアパートには不釣り合いな少女が言った。
彼女とは授業で出会った。
お互いに一人暮らしで、スーパーでの買い物が楽しくて、バイトを見つけないとって言いながらもう二ヶ月すぎてしまっていて。みたいな、些細な共通点から話が弾んだ。
「学校帰りに買い物行こうよ」
雨が降っているのにもかかわらず、東京の熱に侵されていたのは僕だけじゃなかった。
飲んじゃいけないお酒を飲んで、乗り慣れない終電を逃してみたり。
慣れないことをに、身を任せて。まどろみのなかに包み込まれることを選んだ。
お酒のせいか、夜中にふと目を覚ました。
街頭の薄明かりのせいか、時間の間隔がわからない。
角のような木の影は相変わらずそびえたっている。
ただ、窓の外ではなく、内側で。
制作裏話
デザインに描いた木のイメージは元々女の子に木のツノが生えているイメージで描き始めました。
ですが、ツノの生えた少女に対して漫画的な表現で怖さを演出しても、どこか艶やかさを感じてしまい、物語の中の少年が感じている不安感と合わないなと試行錯誤しているうちに、思い切って木そのものに変換してみたら、ドンピシャ。
女の子と二人っきりというとっても有機的な安心感を、いっきに無機質な恐怖に変換できた気がして気に入っています。
タイトルのPareidolia(パレイドリア)は、月に移った模様がウサギに見えたり、木目が顔に見えてしまったりと、そこにウサギや顔はないのに、あるかのように見えてしまう心理現象のことです。
めちゃくちゃ安直。
#舞台設定
東京の学園都市のマンションの一室
#キャラクター設定
・東京の熱に侵された男子大学生
・同じ東京の熱に侵された女子大学生
#アクション
怖い夜