
Distortion

ぼくは、わるい子
ぼくはたまに、変なことを考えてしまう。ぼくが考えてることが他の人に見えてるんじゃないかって。
見えるわけないって思うけど、絶対だって言いきれない。そんなことを考えてるとよけい、みられたくないことを考えてしまう。
背の順で目の前にならぶツバサくんの後頭部を殴りつけてしまいたいとか。
本当はそんなこと思ってもみないのに、ぼくがそういうことを考えていたら、みんなはぼくを嫌いになるだろうなということをたくさん考えてしまう。
ユウカちゃんを、いきなり鉛筆で突き刺したりとか。
ヒガミ先生の唇を噛みちぎったりとか。
キリタロウくんにチョークを食べさせたり、アヤメのランドセルとハサミでズタボロにしたり、コウジくんの家の犬を...
考えちゃいけないことをひとしきり考えちゃったあとに、ぼくは怖くなって、一人で家に帰った。
そんなことしたいなんてことを考えたこともなかったのに。
他の人はぼくのあたまの中を全部見ることはできないんだけど、ぼくは他の人を、頭の中でたくさんたくさんひどいことができちゃうんだって、悲しくなった。
「どうしたの、そんなに落ち込んで。」
晩ごはんを食べている最中に、お母さんが言った。
お母さんはずっとぼくの味方でいてくれたから、悲しいことはなんでも言っていたのに、どうしてもこのことは言えなかった。お母さんは無理に聞こうとしなかった。
お母さんのあたまの中では何を考えているんだろう。
本当は考えちゃいけないことを考えているのだろうか。
熱しきったフライパンをぼくに押し付けたり、千切りキャベツのピーラーで皮をはいだり、かなだわしでぼくの目を洗ったり、洗濯機の中にぼくを閉じ込めたり、カレーにユウカちゃんを...
制作裏話
「自分の考えていることが、他の人にわかってしまったらどうしよう。」
なんていうことを、小さい頃に思っていた人は少なくないんじゃないでしょうか。
きっとそういう発想ができるということは、ある程度脳が発達しているかと思うので、「そんなわけはない。空想上の話だ。」っていうことは心のどこかでわかっているはずです。
それでも「もしかしたら、もしかするかもしれない」なんていうことを考え始めて、勝手に自分自身が追い詰められて行くような不思議な感覚が題材の物語です。
作品のタイトルの「Distortion」は、心理学の「認知の歪み(cognitive distortion)」という言葉から引用しております。
これは、なんの根拠もないのに、物事を悪い方向に解釈してしまったり、日常的に良いことも悪いことも起きてるはずなのに悪いことばかりに注目して「いいことなんて一つもない」と考えてしまったりという、" 考え方のくせ "みたいなものです。
「認知の歪み」という言葉をそのままもってきてしまうと、もっと人生の経験値を積んだ大人が、それぞれ蓄積してきたものの影響を受けて起きてしまうような感覚を持ってきてしまったので、少年期の未発達ゆえそれにはてきしていないので、ただ純粋に「歪み」とだけ名付けました。
物語を少し構造的に見てみると、
「自分の考えていることが、他の人にわかってしまったらどうしよう」と思うと
「見られちゃいけない思考をしちゃいけない」って考えますよね。
でも、頭の中に出てくる思考って、
" 生み出すものというよりは、湧き上がってきてしまうもの "で、
" 考えちゃいけないって思うと余計、それを強く思い浮かんでくるもの " なので、
普段は考えつかないようなおぞましいことが浮かび上がってきてしまう。
という具合に認知が歪んでいってしまったんだと思います。
子供の頃特有の、現実と空想の境目がぼやけるような感覚のせいで、目の前にいるお母さんにとんでもなく歪んだ認知をして、空想の話を繰り広げておりますが、きっと現実の世界と同じように、そんなわけないかって我に帰ってゆっくり眠れるんだと思います。
あくまで、空想の話ならですが。
#舞台設定
2005年頃の日本
#キャラクター設定
怖がりな少年
#アクション
家でお母さんと二人きりで晩御飯を食べている
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