
STILL LIFE

喝采標本
拍手が来るたび、腕が勝手に上がった。
膝が折れ、頭が下がる。
「美しい」と客席が沸き、また拍手が重なる。
……気持ちいい。胸の奥が熱くなる。
ここに立っている間だけ、生きている気がした。
次の拍手で目が冴えた。
手首に細い鎖、足首にも。
背中にも食い込んでいる。
舞台袖の暗がりで、梁から垂れた鎖が揺れていた。
揺れに合わせて、俺の体も小さく引かれる。
思い出す。
廃品回収のバイトで「廃業した」小劇場に入った日だ。
薄暗さと異臭。どこかで鎖が擦れる音がする。
オーナーは優しい口調で喋るのに、目は乾いていた。
———
「こんな日に悪いね。若い役者がさ、食えなくてね」
片付ける段ボールを抱えたまま、俺は聞いた。
「でも廃業したんですよね」
「したよ。表向きは」
オーナーはさらっと言った。
「客がいると、やめられなくてね」
背中を軽く押され、舞台袖の奥の階段を降りた。
短い階段なのに、空気が変わる。
地下の空気は、消毒液と鉄の匂いが濃かった。
通路の両脇に【控室】の札が並んでいた。全部、扉に鉄格子が付いている。
オーナーは平然と歩きながら言う。
「うちはね、役者を育てる。舞台に出せる役者がいないと潰れるから」
一つ目の格子の前で、俺は足が止まった。
暗い奥に人の形が座っている。
近づいて骨だと分かった。
鎖が首、腕、足に繋がれ、骨の隙間に赤黒いものが残っている。
「……これ、なんですか」
オーナーは振り返りもせず言った。
「役者って飛ぶだろ。うちみたいな小屋で飛ばれると困るんだよ。替えが見つからない。だから、飛べないようにする」
二つ目の部屋は椅子だけで、鎖が空に揺れていた。
三つ目は肉が多く残り、床がまだ湿っていた。
どこかの部屋の中で、鎖が床を引きずる音がした。
俺は反射的に格子から目を離した。
「全部……人ですか」
「役者だよ」
オーナーは淡々と言う。
「死んでから評価される芸術家、いるだろ。役者は売れないまま終わるのが一番かわいそうなんだ。だったら先に“作品”にして、客の前に出す。脚光を浴びせてやる。拍手が送られたら、救われるだろ」
言い方が、妙に丁寧だった。面倒見のいい人みたいな口ぶりだ。
通路の奥に灯りの漏れる部屋があった。中には椅子と金具と鎖が整然と並んでいる。
誰もいない。
……息が止まった。
「ここ、誰もいないじゃないですか」
オーナーが初めて俺を見た。
「今夜、席が一つ空いてる」
逃げようとした瞬間、肩を掴まれて壁に押しつけられた。
冷たい輪が首に当たり、金具が噛み合う。
息が詰まる。
手首を後ろにねじられ、鎖が巻かれた。
皮膚が裂けて血が出た。足首も固定され、膝が床に擦れた。
上で開演ベルが鳴る。拍手が聞こえる。
———
そして何度も舞台に上げられた。
今は、拍手が来るたびに身体が勝手に反応する。
背筋が伸び、口角が上がる。
怖いのに、もっと拍手が欲しくなる。
暗転。
舞台袖に引き戻される。
静けさの中では、鎖の重さと痛みが戻ってくる。
オーナーが近づき、いつもの優しい声で言った。
「いいね。客が喜んでる。客はね、変化が好きなんだ。前よりも良くなって、前よりも美しくなっていくのが」
客席から拍手が送られる。
それに合わせるみたいに、鎖が一段ずつ巻かれていく。
胸の奥が熱くなる。
喉が詰まり、口は笑いの形に固まる。
舞台に戻されると、身体は勝手にお辞儀をした。
制作裏話
Coming Soon...
READ BOOKS
現在公開中の作品
COLLECTION












































